イベント概要
| イベント名 | Material Matters|日本の「地域の素材」が世界ブランドになる瞬間 |
| 開催日時 | 2026年9月30日(水)14:00〜17:00 |
| 会場 | 渋谷PARCO DGビル18階(東京都渋谷区) |
| 主催 | Lingble × DG Daiwa Ventures |
2026年9月30日、渋谷PARCO DGビルにて開催された「Material Matters」に、イノーバ代表取締役社長CEO・宗像淳が登壇しました。テーマは「日本の地域の素材が、どうすれば世界で選ばれるブランドへと育っていくのか」。繊維・テキスタイル産業の経営者、ECプラットフォーマー、スタートアップ投資家、そして国会議員までが一堂に会し、AI時代のブランディングとグローバル展開について熱い議論が交わされました。
本記事では、EC事業に携わる皆様に特に役立つ視点を中心に、当日の内容をレポートします。
Keynote 1:「なぜ今、Material Mattersなのか」(中村恵生氏/株式会社繊研新聞社)

繊維・ファッション業界紙である繊研新聞社の中村恵生氏が、オープニングで問題提起を行いました。国内市場の縮小と海外市場の可能性、職人・担い手不足、そしてAIの進化とブランド化という処方箋――これらのキーワードを軸に、「地域の素材が単なる“サプライヤー”から脱却し、自らの名前で世界に選ばれる存在になれるか」という、本イベント全体を貫く問いを提示しました。
セッション1:素材メーカーはなぜ「ブランド化」に挑むのか

最初のパネルセッションには、日本を代表するテキスタイル・素材メーカー4社の経営者が登壇しました。
- 鈴木完尚氏(株式会社ジャパンブルー 取締役COO)― 岡山県児島のデニム産地。「MOMOTARO JEANS」ブランドを展開
- 楠泰彦氏(クスカ株式会社 代表取締役)― 京都・丹後ちりめんの手織り技術を継承
- 細尾真孝氏(株式会社細尾 代表取締役社長)― 1200年続く西陣織を、ラグジュアリーブランドの内装材へと展開
- 梶政隆氏(カジグループ 代表取締役社長)― 石川県・北陸産地のナイロン機能素材メーカー
登壇者たちに共通していたのは、「素材(テキスタイル)だけを卸していては、正しい価値が市場に伝わらない」という課題意識でした。
「品質が高ければ売れる、というのはある種の“妄想”だったのかもしれない。クオリティをグローバルに正しく伝えるのは、言葉や文化の壁を考えると非常に難しい」(鈴木氏)「手織りの品質が高すぎて、逆に海外のバイヤーから『本当に手織りか』と疑われてしまう。品質の定義そのものが、国内と海外でズレていることに気づいた」(楠氏)
そこで各社が選んだのが、自らブランドを立ち上げ、製品事業に進出するという道でした。細尾氏は「サプライヤーからコラボレーターへ」という言葉で、単なる素材提供者ではなく、ブランドと共に新しい価値を生み出すパートナーへの転換を語りました。実際、同社とGUCCIのコラボレーション企画は、通常の2.5倍の価格帯にもかかわらず2週間で完売し、4年間継続する企画に成長したそうです。
「100億円規模のビジネス」をつくるために必要な条件として挙がったキーワードは、「自社にしかできないことの最大化」「産地としての横連携(エコシステム)」「直販による利益率の確保」の3点でした。一社単独で勝負するのではなく、産地全体で機能を分担し、ブランドとして束ねていく発想が印象的でした。
AIは「海外展開のシェルパ」になれるか ― Lingble代表・原田氏のプレゼンテーション

セッションの合間には、本イベントの主催企業Lingble代表の原田真帆人氏が、同社の構想を紹介しました。
キーコンセプトは「AIの伴走支援者(シェルパ)」。海外展開には本来、マーケットリサーチ、EC構築、広告運用、物流、カスタマーサポートなど多岐にわたる専門人材が必要ですが、中小企業がこれをフルセットで揃えるのは現実的ではありません。そこでAIが経営者の意図を理解し、市場調査から計画立案、EC運用、物流指示、顧客対応までを担い、経営者は「目的の設定」と「重要な意思決定」だけに集中できる体制を目指す、というものです。
原田氏はまた、海外展開における構造的な課題にも言及しました。ブランドが成長し各国に代理店や子会社が増えるほど、商品データ・在庫・価格情報がバラバラに分断され、ブランド体験の一貫性が失われていくという問題です。これを解決するために、同社は「リングブルリンク」という基盤を通じて、各国の在庫・商品データを一元化し、AIが世界規模で「誰が・何を・いくらで・どう届けるべきか」を判断できる状態をつくろうとしています。
特にEC担当者にとって示唆的だったのは、今後本格化する「エージェンティックコマース」(AIが買い手の代理として購入判断を行う世界)への言及です。AIがChatGPTなどを通じて商品を推薦する時代において、海外展開した商品が正しく発見・推薦されるためには、商品情報・購入条件・在庫状況を一貫した形でAIに提供できる「シングルソース・オブ・トゥルース」が不可欠になる、という指摘は、今後ECサイト運営のあり方を考える上で重要な視点です。
セッション2:AI時代、ブランドとコマースはどう変わるのか

後半のセッションには、イノーバ代表・宗像淳のほか、以下の登壇者が参加しました。
- 沼田雄二朗氏(CEREAL TALK運営メンバー/株式会社土屋鞄製造所 取締役)
- 河野貴伸氏(XA Holdings株式会社 代表取締役)
- 香山克彦氏(Shopify Japan株式会社 Head of Sales, Japan)
地域企業の「一人総合職化」が進む
河野氏は、地方企業が抱える「デジタル人材の不足」という課題に対し、AIが「スタッフ5人分の仕事を一人でこなせる」環境を生み出しつつあると指摘。後継ぎとして地元に戻った若手経営者が、AIを駆使してマーケティング業務を一人で回し、本業であるものづくりに向き合う時間を確保できるようになってきている、という変化が紹介されました。
沼田氏も、組織の「レバレッジ」の手段として、人員採用だけでなくAIのオーケストレーションという新しい選択肢が生まれていると補足。社員数6名で年商50〜80億円を達成する海外の新興ブランド事例を挙げ、AIを前提とした組織設計の可能性を示しました。
イノーバ宗像が明かした「AIO対策、半年やって効果ゼロ」の実体験
このセッションで特に会場の反応が大きかったのが、宗像による自社の実体験の共有です。
「今年2月から、自社サイトでAI対策(AIO/LLMO)を自腹で試してみました。大手広告代理店の施策で、世界中のサイトに記事を配置し、毎月十数本のコンテンツを増やしていく、というものです。しかし半年経って、効果はゼロでした。順位の変動もランダムで、相関も逆相関も見られませんでした」
宗像はこの結果から、生成AIの検索・推薦アルゴリズムは従来のSEO以上にブラックボックス化しており、小手先の「AIOハック」に投資するのは危険性が高いという示唆を述べました。それよりも重要なのは、認知度向上・顧客満足・口コミ拡散といったブランディングの本質的な取り組みであり、「ブランド名を想起すればAIが自然に引用してくる」状態をつくることだと語りました。
これはEC・マーケティング担当者にとって非常に実践的な教訓です。「AI時代だから」と目新しい対策に飛びつく前に、本質的なブランド価値の言語化と発信に立ち返るべきだという指摘は、多くの参加者の共感を呼びました。
商品マスターを「AIが読めるデータ」に再設計する
沼田氏からは、ECにおける商品マスターのあり方についても重要な提言がありました。これまで社内管理用に閉じていた商品マスターを、AIが活用しやすい「プロダクトナレッジ」として疎結合で持たせる設計が、AIディスカバリー時代には重要になるという指摘です。「店頭スタッフが『これはこう見せると売れる』と知っている情報」を、きちんとデータとして蓄積できる仕組みづくりが今後の鍵になりそうです。
また、縦長のランディングページ(いわゆる「ペライチ型LP」)について、「人間の目には魅力的でも、AI・機械からはただのテキスト画像の羅列にしか見えない」という指摘もあり、コンテンツのテキスト構造化の重要性が改めて共有されました。
Shopify香山氏が語る「UCP(統一コマースプロトコル)」
香山氏は、ShopifyなどがオープンソースでAI連携用の規格策定を進める「エージェンティックコマース」対応の重要性を解説。「AIとECサイトをつなぐケーブルのようなもの」という比喩を使い、規格に対応していなければAIから見つけられにくくなるリスクに言及しつつも、それ以上に「ブランドとして支持され、紹介される存在になること」の重要性を強調しました。

スペシャルトーク:加藤勝信衆議院議員

特別ゲストとして登壇した加藤勝信衆議院議員(前財務・金融担当大臣)は、「経済複雑性指標」という観点から、日本は世界的に見ても高度な製品を生産する技術力を持つ国であり続けていると紹介。一方で、その技術力を正しく「稼ぐ力」に変換できていないことが日本経済の課題であると指摘しました。AIやDXの活用は単なるコスト削減ではなく、海外展開・新商品開発といった「攻めのツール」として捉えるべきだと述べ、地域企業の挑戦にエールを送りました。
クロージング:横のつながりが生むネットワーク効果

主催者であるDG Daiwa Venturesからは、今後のコマースにおける「トレーサビリティ」の価値についての言及がありました。差別化が難しくなるプロダクト市場において、「誰が、どのような手仕事でつくったか」という情報そのものが新たな付加価値になり得るという視点です。ただし、1社だけで情報発信を続けてもAIからの信頼性は高まりにくく、同じ産地・同じカテゴリーの企業同士が連携して発信することで、AIにとっての情報の信頼性が高まっていくという指摘は、今後の地域ブランディングの方向性を考える上で示唆に富むものでした。
まとめ
今回のイベントを通じて浮かび上がったのは、「AIがあれば自動的にブランドが育つ」という単純な話ではなく、素材・技術という本質的な強みを、AIという新しいレバレッジ手段を使って、いかに正しく言語化し、世界に届けるかという一貫したテーマでした。
特にイノーバ自身の「AIO施策、半年やって効果ゼロ」という実体験は、小手先のテクニックよりも本質的なブランド価値の発信が重要であることを、身をもって示す結果となりました。EC事業者の皆様が自社のブランディング・海外展開を考える上で、今回のレポートが参考になれば幸いです。


著者
鈴木 理恵
執行役員 EC事業部長
法政大学経営学部卒業。マンパワー・ジャパン株式会社(現:マンパワーグループ株式会社)に入社。その後、専門商社に転職し、コスメ事業部で国内・海外営業、ECサイトの運営を経験。2016年イノーバへ入社し、カスタマーサクセスやPdMとしてプロダクト開発を経験。Webサイト事業の責任者を経て、現在はEC事業のマネジメントに従事。
